図書館運営協議会
図書館運営協議会 第三期答申
「IT技術の進展をふまえた国分寺市立図書館のサービスのあり方について」答申(2012.10.11)
国分寺市図書館運営協議会
はじめに
昨年の経産省の「コンテンツ緊急電子化事業(※1)」や,今年4月の「出版デジタル機構(※2)」発足など,インターネットや電子書籍に関わる近年のICT技術(※3)の急速な進展は,今後の図書館サービスのあり方に大きな影響を及ぼすと思われます。第1期図書館運営協議会の「市民サービスの向上を図るための図書館のあり方(答申)」(2008年7月31日)においても,インターネットによる情報の収集と提供,電子ブックなどへの対応,検索機能の強化,ICタグ(※4)による資料の管理など,ICT技術の導入によるサービスの向上が提言されてきました。
こうした中,2011年2月24日,国分寺市教育委員会より,「IT技術の進展をふまえた国分寺市立図書館のサービスのあり方について」の諮問を受けました。第3期図書館運営協議会では,約1年半にわたり検討した結果,以下のような結論をえましたので,ここに答申いたします。
1. 総論-ICT技術の進展と図書館サービス
もちろん21世紀の現在,紙の本は健在ですが,図書館では,CD,DVD,インターネット情報の提供など,紙媒体以外の電子的な資料の収集や提供は増えています。そして図書館サービスや管理業務のあり方にも大きな変化が生じています。たとえば図書館資料の検索は「カード目録」で行っていましたが,いまやコンピュータによる情報検索は当たり前となりました。また図書館の外からインターネットを介して蔵書検索を行うことや予約を行うといった,非来館型サービス(※5)も広がっています。ICタグによる貸出返却のセルフ化や蔵書管理も広がっています。図書館からのお知らせも図書館報ではなくホームページで行うことや,利用者への連絡をeメールで行うことも今日では一般的となっています。
そして近年,電子書籍に見られるように出版,流通の電子化,図書館資料の収集,提供,保存の電子化(デジタル化)が進められようとしています。2010年に起こった電子書籍ブームはそうした動きの象徴ともいえます。こうした中,電子書籍の提供を試みる図書館も現れています。
『平成23年度版情報通信白書』より
もちろん電子書籍ならではの特性もあります。たとえば,文字情報と同時に映像や音声情報などを組み込んだ出版ができること。最新の情報に更新することや検索が容易であることなどです。しかし現状では,4章でも触れるように電子書籍の発行点数も少なく,コミックスなどに偏っており,著作権法上の問題など未解決の問題も多く残されており,ただちに紙の本に変わる状況ではありません。
したがって,電子書籍が普及すれば図書館には紙の本はなくなるというのは,読書の本質から見て乱暴な議論です。紙の本は依然として重要な位置を占めるとともに,将来的にも紙の本と電子書籍はそれぞれの特性を生かし,共存することになるでしょう。今後は紙の本も電子媒体の書籍も提供するハイブリッド型の図書館が広がることでしょう。
2. 国分寺市立図書館におけるICT化の現状
2000年度には,都立図書館資料の借用申込等の電算システム化に伴い,各館に事務用のインターネットパソコンを導入し,必要な状況に対応するとともに,レファレンス(※7)や出版情報入手等インターネット情報を業務に活用することを進めています。
2003年度の第3期図書館電算システムの導入に併せ,図書館ホームページを立ち上げ,インターネットは勿論,携帯電話からのアクセスも可能なシステムを導入しました。新たに拡充したサービスの主な機能は,パスワード登録をした利用者は,図書館ホームページや館内の利用者用端末機から,市内全館貸出中の資料に予約を自分で入れることができるようになったことです。また,利用者が自分の利用状況の確認や,予約連絡をメールで受けることも可能になりました。
さらに,図書館ホームページのコンテンツの充実が図られ,「こどもようメニュー」画面の作成や,東日本大震災後には「地震・計画停電・原発関係リンク集」のページが設けられました。「図書館統計」「子ども読書活動推進計画」の案内や,「図書館運営協議会」や「利用者懇談会」の紹介ページも掲載されています。将来的には,地域にかかわる様々な情報の発信や,非来館型のバーチャルなライブラリーとして多種多様なコンテンツを掲載できるよう,ホームページをより充実させ活用してゆく必要があります。
3. ICT技術の導入と図書館サービスの可能性 ICT技術を導入することによって,公共図書館サービスや業務に様々な可能性が広がると考えられます。私たちはICT技術を積極的に導入し,サービスの向上や効率化を図りつつも,他方で紙媒体による従来型の資料提供や,図書館員によるぬくもりのあるサービスも一層重視すべきであると考えています。
現在進めているICタグの装備で,自動貸出機による貸出・返却,予約本の受け取りのセルフ化が可能になり,資料提供の迅速化,効率化が可能となります。またWeb予約による利便性の向上が図れます。しかし貸出返却のセルフ化は,利用者と図書館員の関係の希薄化をもたらす恐れがあり,利用者に対する資料相談体制の充実が同時にとられる必要があります。
障がい者サービスでは,近年発売されたタブレット型端末機(※11)は,文字の拡大操作が容易で,携帯性も高いことから,視覚障がい者や高齢者の読書に利便性をもたらします。また従来の録音テープに代わる,デジタル録音資料(DAISY資料)の収集と提供を進める必要があります。
ICT技術を活用した広報活動・発信活動として,ホームページ,電子掲示板,メールマガジンの発行,TwitterやFacebook などの活用などが考えられます。
ICタグの装備によって,すでにふれた資料提供のみならず,蔵書点検の効率化や期間の短縮,ブック・ディテクション・システム(BDS)(※12)など,資料管理にも大きな威力を発揮します。
4. 電子書籍と図書館サービス
ことに2010年5月に米アップル社のiPadが発売された際の盛り上がりは記憶に新しいものです。本家米国におけるiPadのヒットとそれに伴う電子書籍の普及は日本での発売前から話題になっており,国内での電子書籍の普及にも期待が寄せられていたことを考えると,この年を「元年」と称してもよいかもしれません。
矢野経済研究所の調査によれば2010年度の国内の電子書籍市場規模は前年度比6.3%増の670億円。電子書籍が脚光を浴び始めた2002年度が10億円であったことから見ると著しく拡大しているといえます。しかし従来の紙の出版市場から見ればその比率は5%に満たず,その内訳も約90%が携帯電話向けのコンテンツ(※13),しかもほぼコミックが占めているという状況で,いわゆる「電子書籍」としての実質は伴っていないことが伺い知れます。
これに加え,電子書籍普及の基盤となるべきインフラ(※14)の面でも安定しているとは言い難い状況がみられます。電子書籍を構成するフォーマット,読むための端末,提供するサービス,販売する書店,業界団体,いずれも多数存在しており,消費者はほしい電子書籍がどこで買えるのか,どの端末で読めるのか,そもそも読みたいと思う本の電子版が存在するのかどうかに至るまで非常にわかりにくい状況です。
紙の本であれば,どの出版社の本でもどのジャンルの本でも,単純に大規模書店やネットショップなどで購入することができますが,電子書籍はまず電子化されているかどうかという時点で明確に購入の可否が分かれ,電子化されているとしても持っている端末,利用しているサービス等によって購入できるコンテンツが異なるなど,購入する時点での制限が非常に大きいということが,大幅な普及につながらない要因のひとつであると考えられます。
このように,これまでのところ国内における電子書籍の置かれている状況は諸勢力の乱立する混乱期であったといえますが,2011年以降この状況を打開し大きな進展につながる可能性を秘めた動きが出てきました。
ひとつは2011年に立ち上がった経済産業省による「コンテンツ緊急電子化事業」です。
これは東日本大震災の後,被災地域において東北関連書籍をはじめとする書籍電子化作業の一部を実施し,かつその費用の一部を負担することによって電子書籍市場そのものの活性化につなげることを目的とする事業となっています。
もう一つは2012年4月2日に発足した「出版デジタル機構」です。これは講談社,集英社などの出版各社が連携して書籍のデジタル化を支援する会社であり,6月19日時点での賛同出版社は334社となっています。その目的としては現在25万点とされる日本語の電子書籍コンテンツを5年後を目途に100万点に増加することを掲げており,官民ファンドの産業革新機構が総額150億円を出資することから,国としても国内の電子書籍市場の拡大に向けて期待を寄せていることが伺えます。
さらには2012年4月17日に発表された米国アマゾンによる電子書籍サービス「キンドル」日本版の配信決定が挙げられます。サービスの開始時期についてはいまのところ「年内に発表する」としか情報はありませんが,同社との配信契約は大手から小規模まで40社以上の国内出版社が合意しており,米国電子書籍市場で高い実績を持つ同社の参入は国内の電子書籍市場の拡大の起爆剤になる可能性を秘めています。
サービス内容としてはいずれの館でも同様で,紙の書籍に準じて制限冊数内の電子書籍を1週間から2週間の期限で貸し出す形をとっており,手続きをWeb上で行う点のみが異なるだけとなっています。
ただ最も重要なコンテンツについては,千代田区の5,200点が最大でその他はおよそ1,000点前後にとどまっており,いずれの館のサービスで検索してもごく限られた出版社の書籍か,著作権フリーの書籍が大部分で,数の面でも内容の面でも利用者にとってはあまり魅力ある内容とは言い難いという印象を受けました。閲覧方法としてはタイトルごとに異なりますが,パソコン対応が一番多く,その他iPad対応,Android端末(※15)対応も多少存在するといった状況です。
千代田,堺,萩,有田川町の4館については,Web上の画面構成,操作手順などから同じシステムを導入していると思われ,図書館における電子書籍提供サービスとしてシステムを構築するための選択肢も少ないのではないかと推測されます。
これらの点については図書館として対応できるレベルの問題ではないので,現時点では出版界の動静等も含めた国内での電子書籍市場の進展状況を注視することが必要であり,その方向性を見定めたうえで,では図書館としてどのようなサービス展開が可能か検討するという流れになるかと思われます。
また,公共図書館の場合は老若男女幅広い層の利用者がいるため,要望も多岐にわたることが予想されますが,そうした利用者が電子書籍に関して図書館にどのようなサービスを求めているかを調査し,どこまで対応できるかについて十分に検討しておくことも必要です。
5. ICT化の課題
いまひとつはコンテンツの電子化です。電子書籍をはじめとして,オンライン・データベース,デジタル・アーカイブ(※16)など様々な形態が考えられますが,いずれも現状ではまだ十分に導入が進んでいるとはいえません。電子書籍の現状から見ても今後の経過を注視すべき部分であり,利用者からの要望をよく考慮しつつ,図書館においてどのようにコンテンツの電子化に取り組んでいくかは大きな課題となります。そしてこのコンテンツと運用,両者の電子化がうまくかみ合い,効果的な連動が可能になってはじめて本格的な「電子図書館」の実現といえます。
しかし,このようなコンテンツの電子化については課題も少なくありません。まずそれらを提供するためのインフラ整備が必要です。インターネット環境の整備,パソコン等のハードウェアの完備,閲覧のための物理的スペースの完備などが挙げられます。これらは各館の状況によってできることできないことの差があるとは考えられますが,将来的には実現すべき必須項目です。
次に,そうしたインフラを基盤にした電子化資料をどのように提供し,管理するかといった運用面での課題です。館内のインターネット環境を不特定多数の利用者が使用することを考えれば,セキュリティの問題はおろそかにするわけにはいきませんし,そうした環境を日々メンテナンスし,正常な状態を維持していく体制も必要です。また,子どもたちのインターネット利用に関しては,利用者の権利に十分配慮しつつ,フィルタリング(※17)を含め,有害サイト等に対する何らかの対応を検討する必要もあると考えられます。
さらに,概してICT関係にかかる費用は高額な場合が多く,限られた図書館予算の中でどのように配分していくかは非常に慎重な検討が必要になります。従来の紙資料と電子資料とにかかわらず,図書館の生命はコンテンツであるといっても過言ではありませんが,コンテンツ自体にかかる費用とそれを支えるインフラ整備にかかる費用,さらにはそれらを運用するスタッフにかかる人件費までそれぞれに必要な経費であるだけに,その配分は極めて重要です。
そして,適切な人材の育成と維持は最大の課題です。紙資料が中心であった時代には図書館スタッフとしては司書資格を有する人材であれば充分だったかもしれません。しかし現在ではそうしたいわゆる司書的素養だけでなくICTについての知識も必須となっています。これを併せ持つ人材が望ましいのですが,現実にはそのような人材を確保することは容易ではありません。したがって,それぞれの知識を有する人材を組み合わせて全体のスタッフを構成し,相互に補完し合うという体制を構築するという方法が現実的な対応といえるでしょう。
いずれにせよ,ヒト・モノ・カネすべてにおいて対応が必要なことは間違いありませんが,モノ・カネを動かすのはヒトであり,この「ヒト」が充実しているかどうかによって提供するサービスも大きく変わってくるのは当然です。やはり図書館を運営するスタッフをいかに育成し維持していくかという点が最大の課題です。
6. 提言
図書館のICT化への一層の取り組みは,図書館の運営・サービスの向上において必要不可欠です。すでに,2008年の図書館運営協議会の答申「市民サービスの向上を図るための図書館のあり方について」における「インターネットによる情報提供」等の提言を受け,図書館側もICT化に取り組んできています。
市民サービスの更なる向上を図るために,ICT化への対応における今後に向けての施策を以下のとおり提言します。
ICT化には当然費用がかかり,また高額なものが多いので,中期的に優先順位を付けて取り組んでいくべきと考えます。また,ICT技術の進展に図書館が対応するためには,上記の施策で必要となるいわゆる「モノ・カネ」だけではなく,ICT技術を十分に活用できる「ヒト」(図書館スタッフ)が重要であります。そのためにも,図書館スタッフの更なる育成・維持強化が不可欠であると考えます。
附1. 委員名簿
附2. 審議経過
国分寺市図書館運営協議会
目次 | |
---|---|
はじめに | |
1. | 総論-ICT技術の進展と図書館サービス |
2. | 国分寺市立図書館におけるICT化の現状 |
3. | ICT技術の導入と図書館サービスの可能性 |
4. | 電子書籍と図書館サービス |
5. | ICT化の課題 |
6. | 提言 |
附1. | 委員名簿 |
附2. | 審議経過 |
はじめに
昨年の経産省の「コンテンツ緊急電子化事業(※1)」や,今年4月の「出版デジタル機構(※2)」発足など,インターネットや電子書籍に関わる近年のICT技術(※3)の急速な進展は,今後の図書館サービスのあり方に大きな影響を及ぼすと思われます。第1期図書館運営協議会の「市民サービスの向上を図るための図書館のあり方(答申)」(2008年7月31日)においても,インターネットによる情報の収集と提供,電子ブックなどへの対応,検索機能の強化,ICタグ(※4)による資料の管理など,ICT技術の導入によるサービスの向上が提言されてきました。
こうした中,2011年2月24日,国分寺市教育委員会より,「IT技術の進展をふまえた国分寺市立図書館のサービスのあり方について」の諮問を受けました。第3期図書館運営協議会では,約1年半にわたり検討した結果,以下のような結論をえましたので,ここに答申いたします。
(※1) | コンテンツ緊急電子化事業=経済産業省が,東日本大震災の「被災地域において,中小出版社の東北関連書籍をはじめとする書籍等の電子化作業の一部を実施し,またその費用の一部負担をすることで,黎明期にある電子書籍市場等を活性化する」(コンテンツ緊急電子化事業HPより)ことを目的に実施する補助事業。 |
(※2) | 出版デジタル機構=「電子出版ビジネスの市場拡大をサポートするための公共的なインフラを整え,読者にとってよりよい読書環境」(出版デジタル機構HPより)の整備を目指し2012年4月設立された会社。 |
(※3) | )ICT技術=Information And Communication Technology(情報通信技術)。コンピュータやデータ通信,インターネットなど情報とコミュニケーションに関する技術。 |
(※4) | ))ICタグ=ICチップと小型のアンテナを埋め込み,そこに記憶された情報を電波によって直接触れずに読み取る技術のことをいいます。図書館の本にこれを貼り付けることで,貸出返却の自動化,予約本の処理,蔵書点検など図書館資料の管理が効率化されます。 |
(1)公共図書館の基本的な機能と役割
公共図書館は,地域住民の身近にあって,人々の知る権利と学びの権利を保障し,子どもたちの読書の喜びを支え,地域住民の居場所や安らぎの空間です。「市民サービスの向上を図るための図書館のあり方(答申)」(2008年7月31日)では,より具体的に以下の6点にまとめています。
[1] | 公共図書館は「知識,思想,文化および情報に自由かつ無制限に接しうること」を保障し,人々が民主的権利を行使し,社会に積極的に参加し,生涯にわたり学習を続けるための基本的で不可欠の教育文化機関である。 |
[2] | 公共図書館は,子どもたちの活字離れ,読書離れがいわれる中で,子どもたちの間に読書の楽しみと読書の習慣を広め,想像力や創造力を育み,優れた文化の継承と多様な文化,多様な生き方への理解を促進している。 |
[3] | 公共図書館は,高齢者,障がいをもつ人々,在住外国人など,図書館利用にさまざまな困難をもつ人々に図書館利用を保障し,情報格差や社会的不平等の解消を促進することができる。 |
[4] | 公共図書館は,多様な資料と情報を収集し,提供することで,現代社会のさまざまな問題解決のためのアイディアを生みだし,解決のために活動する人々を支援することができる。また仕事や生活で疑問に思ったこと,調べたいことを解決してくれる情報の泉である。 |
[5] | 公共図書館は,自治体の政策立案活動や,議員の調査活動に必要な資料や情報を提供し,地方自治を支えている。また地域や市民活動に関する情報の受信と発信の場を提供し,市民活動の交流を促し,地域づくりに貢献している。 |
[6] | 公共図書館は,地域の中の「ひろば」として,誰もが好きな時に自由に出かけ,そこでゆったりと読書の時間や鑑賞の時間を楽しむことのできる,地域の中の居場所の役割を果たしている。 |
(2)図書館におけるICT化の動向
公共図書館では1980年代半ばから,増大する利用に対応し,貸出返却の処理や資料管理にコンピュータの活用が広がりました。そうした中で「電子図書館」論が広がり,21世紀の図書館は紙の本のない図書館になるとまで言われました。もちろん21世紀の現在,紙の本は健在ですが,図書館では,CD,DVD,インターネット情報の提供など,紙媒体以外の電子的な資料の収集や提供は増えています。そして図書館サービスや管理業務のあり方にも大きな変化が生じています。たとえば図書館資料の検索は「カード目録」で行っていましたが,いまやコンピュータによる情報検索は当たり前となりました。また図書館の外からインターネットを介して蔵書検索を行うことや予約を行うといった,非来館型サービス(※5)も広がっています。ICタグによる貸出返却のセルフ化や蔵書管理も広がっています。図書館からのお知らせも図書館報ではなくホームページで行うことや,利用者への連絡をeメールで行うことも今日では一般的となっています。
そして近年,電子書籍に見られるように出版,流通の電子化,図書館資料の収集,提供,保存の電子化(デジタル化)が進められようとしています。2010年に起こった電子書籍ブームはそうした動きの象徴ともいえます。こうした中,電子書籍の提供を試みる図書館も現れています。
(3)情報格差(デジタルデバイド)の問題
しかし他方で,急激なICT化はさまざまな情報格差(デジタルデバイド(※6))を生み出しています。下のグラフ(『平成23年度版情報通信白書』)にも見られるように,インターネットの利用は年齢や所得によって大きな格差が見られます。とくに高齢者の利用度や低所得階層の利用度が低いことが知られています。そうした中で公共図書館の役割が改めて問われています。公共図書館は,地域住民が無料で多様な資料や情報を入手できる機関です。地域住民が公共図書館においてインターネットが利用でき,またその利用方法が学べるような支援策が必要です。このように公共図書館には情報格差(デジタルデバイド)を解消するための役割が期待されています。『平成23年度版情報通信白書』より
(※5) | 非来館型サービス=インターネットなどを活用することで,利用者が図書館に直接来館しなくとも利用できるさまざまなサービス。図書館のホームページからさまざまな情報を入手すること,レファレンスや予約をWeb上から行えることなどがある。 |
(※6) | デジタルデバイド=コンピュータやインターネットが利用・活用できる人とできない人の間に生じる情報格差をいう。経済的な因や教育的要因,年齢や地域などによっても格差が生じる。 |
(4)電子書籍と本を読むことの意義
電子書籍が華々しい話題となる中で,従来型の紙と印刷の本の意味が改めて見直されています。紙の本は読書にとって最適な媒体であり,人間の思考力や想像力に深く関わっている媒体です。それは携帯性,保存性にも優れ,電子書籍に取って代わり簡単に消滅するものではありません。とくに子どもの読書や認識発達にとって,電子書籍がどのような影響を与えるのかは未知数です。やはり紙の本を仲立ちにした大人と子どもたちの直接的な関係こそが,子どもたちの読書と成長に重要な役割を果たすものと考えます。もちろん電子書籍ならではの特性もあります。たとえば,文字情報と同時に映像や音声情報などを組み込んだ出版ができること。最新の情報に更新することや検索が容易であることなどです。しかし現状では,4章でも触れるように電子書籍の発行点数も少なく,コミックスなどに偏っており,著作権法上の問題など未解決の問題も多く残されており,ただちに紙の本に変わる状況ではありません。
したがって,電子書籍が普及すれば図書館には紙の本はなくなるというのは,読書の本質から見て乱暴な議論です。紙の本は依然として重要な位置を占めるとともに,将来的にも紙の本と電子書籍はそれぞれの特性を生かし,共存することになるでしょう。今後は紙の本も電子媒体の書籍も提供するハイブリッド型の図書館が広がることでしょう。
2. 国分寺市立図書館におけるICT化の現状
(1)図書館電算システムの導入
国分寺市立図書館では,1990年度から図書館電算システムの導入に向け図書館内部に検討部会を設け,その検討結果に基づき,蔵書にバーコードを貼付し,所蔵目録の電算データ化と利用者登録情報の電算データ化を行いました。1993年2月から本多図書館でまず電算システムを稼働させ,以後1996年までに市内5館に順次導入しました。この第1期図書館電算システムの主な機能は,貸出・返却および利用者管理と書誌事項の電算化でした。その後1998年には市内全館のシステムを一括に統合した第2期図書館電算システムを導入し,全館の所蔵データの検索システムのレベルアップや貸出情報の共有化等を図っています。2000年度には,都立図書館資料の借用申込等の電算システム化に伴い,各館に事務用のインターネットパソコンを導入し,必要な状況に対応するとともに,レファレンス(※7)や出版情報入手等インターネット情報を業務に活用することを進めています。
2003年度の第3期図書館電算システムの導入に併せ,図書館ホームページを立ち上げ,インターネットは勿論,携帯電話からのアクセスも可能なシステムを導入しました。新たに拡充したサービスの主な機能は,パスワード登録をした利用者は,図書館ホームページや館内の利用者用端末機から,市内全館貸出中の資料に予約を自分で入れることができるようになったことです。また,利用者が自分の利用状況の確認や,予約連絡をメールで受けることも可能になりました。
(2)インターネットパソコンとオンライン・データベース
2007年度には利用者が自由に検索できるインターネットパソコンを各館フロアに1台ずつ導入しました。電子情報化社会の進展の中で,図書館利用者自身のインターネット情報へのアクセスの保障を始めました。著作権者に配慮しプリントアウトはできませんが,各館とも常時利用されています。
また,2007年には本多図書館駅前分館が開館しました。一般書や児童書などは所蔵せず行政地域資料の収集・提供を行う図書館ですが,市内で唯一オンライン・データベース(※8)の利用ができる図書館としています。現在,読売新聞記事の「ヨミダス文書館」と官報データベース「官報情報検索サービス」,ビジネス情報の「日経テレコン21」が利用できます。新たな設備を付加するにはフロア的にも制約のある市立図書館で,ICT化対応の図書館の姿を先駆的に示しています。(※7) | レファレンス(reference)=参考業務。図書館利用者が学習・研究・調査等のために必要な資料及び情報を求めた場合に,図書館員が図書館の資料と機能を活用して資料の検索を援助し,資料を提供し,回答を与えるなど,利用者と資料を結びつける業務。 |
(※8) | オンライン・データベース(online database)=データを大量に収集・分析・加工蓄積・整理して,コンピュータが処理しやすいかたちにしたファイルをオンラインで供給する電子媒体の情報源。 |
(3)現在の図書館電算システム
2008度の第4期図書館電算システムの導入時には,予約システムのレベルアップを図り,図書館ホームページおよび館内利用者用端末機から各図書館の書架にある資料への予約ができるようになりました。そのためこの年は予約件数が倍に増え,現在では3倍近くに増えています。また,予約の取り消しや貸出期間の延長手続きもできるようになりました。さらに,図書館ホームページのコンテンツの充実が図られ,「こどもようメニュー」画面の作成や,東日本大震災後には「地震・計画停電・原発関係リンク集」のページが設けられました。「図書館統計」「子ども読書活動推進計画」の案内や,「図書館運営協議会」や「利用者懇談会」の紹介ページも掲載されています。将来的には,地域にかかわる様々な情報の発信や,非来館型のバーチャルなライブラリーとして多種多様なコンテンツを掲載できるよう,ホームページをより充実させ活用してゆく必要があります。
(4)障がい者サービスのICT化
国分寺市立図書館では,1976年から障がい者サービスを始め,カセットテープによる「声の図書」の自館作成と貸出に取り組んできました。2009年からは,デジタル録音図書「DAISY(デイジー)(※9)」の購入を始め,平成24年3月現在,172タイトルの既製のDAISYを所蔵しています。カセットテープは自館作成分と既製分を合わせ,2,375タイトル所蔵していますが,カセットテープのままでの保存ではいずれ劣化し,利用不可能になる危険性があります。自館作成分のうち,文学を中心とした約700タイトルは,DAISYに変換していく必要があります。2012年度には,DAISY図書作成の仕様や方法の検討を行い,今後順次DAISY化に取り組む必要があります。また,既製のデイジーも毎年10タイトルずつ購入することが予定されています。(※9) | DAISY(デイジー)=Digital Accessible Information SYstem |
(5)次期図書館電算システムの課題
現在,第5期図書館システムの検討を始めていますが,次期システムではICタグを活用した図書館サービスを導入する予定です。そのため,2009年度には図書館内部に検討会を設け,導入するICタグを選定し,国の緊急雇用事業の補助金を活用し,2009年度から順次ICタグの貼付を進めています。
(6)国分寺市立図書館におけるICT化の経過
1993年 | 2月23日 | 第1期国分寺市立図書館電算システム導入 本多図書館コンピュータシステム稼働 |
1994年 | 1月18日 | 並木図書館コンピュータシステム稼働 |
6月28日 | もとまち図書館コンピュータシステム稼働 | |
1995年 | 7月11日 | 光図書館コンピュータシステム稼働 |
1996年 | 4月16日 | 恋ヶ窪図書館コンピュータシステム稼働 |
1998年 | 5月 8日 | 第2期国分寺市立図書館電算システム導入 |
2000年 | 5月 1日 | 都立図書館検索用インターネットパソコン導入(事務用) |
2003年 | 10月 3日 | 第3期国分寺市立図書館電算システム導入 図書館ホームページ開設 ・インターネット,携帯からのアクセス可能 図書館ホームページおよび館内利用者用端末機から ・パスワードの登録で利用状況の確認が可能 ・市内全館貸出中の資料の予約が可能 ・メールでの予約連絡開始 |
2007年 | 7月 1日 | 利用者用インターネットパソコン導入(各館1台) |
8月 1日 | 駅前分館にオンライン・データベースの利用開始 ・読売新聞記事データベース「ヨミダス文書館」 ・辞書・辞典等データベース「ジャパンナレッジ」 |
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2008年 | 4月 1日 | オンライン・データベースの追加 ・官報データベース「官報情報検索サービス」 ・ビジネス情報データベース「日経テレコン21」 |
10月 2日 | 第4期国分寺市立図書館電算システム導入 図書館ホームページおよび館内利用者用端末機から ・書架にある資料の予約が可能 ・予約の取り消しが可能 ・貸出期間の延長手続きが可能 |
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2009年 | 5月 | ICタグ導入に係る製品選定審査会(導入ICタグ選定) |
8月 | ICタグ貼付事業検討会(貼付計画作成・貼付方法決定) | |
12月 | ICタグ貼付事業開始(緊急雇用事業補助金)本多図書館 | |
2010年 | 10月 | ICタグ貼付事業(緊急雇用事業補助金)本多・恋ヶ窪図書館 |
2011年 | 9月 | 図書館次期(第5期)電算システム検討会 |
12月 | ICタグ貼付事業(緊急雇用事業補助金)並木図書館 |
3. ICT技術の導入と図書館サービスの可能性 ICT技術を導入することによって,公共図書館サービスや業務に様々な可能性が広がると考えられます。私たちはICT技術を積極的に導入し,サービスの向上や効率化を図りつつも,他方で紙媒体による従来型の資料提供や,図書館員によるぬくもりのあるサービスも一層重視すべきであると考えています。
(1)利用者サービスの向上
インターネットの活用によって,横断検索などの検索機能の向上,印刷メディア以外の多様な情報源,データベースへのアクセスが可能になり,情報サービスの高度化が可能になります。またWebレファレンス(※10)の導入により,利用者の利便性も向上します。図書館のホームページを充実することで,住民生活に役立つ様々な情報への入口(ポータル)として活用してもらうこともできます。こうして利用者が直接来館しなくとも,自宅のパソコンや携帯端末などから図書館を利用できるという,非来館型サービスが広がります。現在進めているICタグの装備で,自動貸出機による貸出・返却,予約本の受け取りのセルフ化が可能になり,資料提供の迅速化,効率化が可能となります。またWeb予約による利便性の向上が図れます。しかし貸出返却のセルフ化は,利用者と図書館員の関係の希薄化をもたらす恐れがあり,利用者に対する資料相談体制の充実が同時にとられる必要があります。
障がい者サービスでは,近年発売されたタブレット型端末機(※11)は,文字の拡大操作が容易で,携帯性も高いことから,視覚障がい者や高齢者の読書に利便性をもたらします。また従来の録音テープに代わる,デジタル録音資料(DAISY資料)の収集と提供を進める必要があります。
ICT技術を活用した広報活動・発信活動として,ホームページ,電子掲示板,メールマガジンの発行,TwitterやFacebook などの活用などが考えられます。
(2)図書館資料のデジタル化,資料管理
図書館が所蔵する貴重書,歴史的史料,地域資料をデジタル化し公開することで,これまで利用が制限されていた資料を広く利用に供することが可能になります。また市の民俗資料室や男女平等推進センターなどの専門機関が所蔵する資料もデジタル化し公開することで,市立図書館のインターネット端末からの利用も可能になります。さらに大学図書館,他の自治体の公共図書館との連携・協力を拡大します。ICタグの装備によって,すでにふれた資料提供のみならず,蔵書点検の効率化や期間の短縮,ブック・ディテクション・システム(BDS)(※12)など,資料管理にも大きな威力を発揮します。
(※10) | Webレファレンス=調べ物などについて,Web上でレファレンスサービスを利用者に提供すること。図書館に直接出向かなくとも自宅や学校,職場などから図書館のサービスを受けることができる非来館型サービスの一つ。 |
(※11) | タブレット型端末機=アップル社のiPadに代表される,タッチパネル型の液晶画面を搭載した,携帯型のコンピュータ端末。 |
(※12) | ブック・ディテクション・システム(BDS)=図書館の出入口にゲートを設け,貸出処理をしていない図書を持ったまま通ると警告音が鳴るシステム。予め図書館蔵書にICタグやタトルテープ(磁気テープ)を取り付ける必要がある。 |
4. 電子書籍と図書館サービス
(1)国内における電子書籍の動向
電子書籍については米国における著しい普及の状況が知られるにつれ,日本国内でも関心・期待度が高まり,過去数回「電子書籍元年」と称され話題になったことがありましたが,これらはいずれも尻すぼみとなり電子書籍の大幅な普及につながることはありませんでした。しかしこの数年の範囲でみると非常に注目すべき動きが多くなってきているので,今後普及のペースが早まる可能性も出てきました。ことに2010年5月に米アップル社のiPadが発売された際の盛り上がりは記憶に新しいものです。本家米国におけるiPadのヒットとそれに伴う電子書籍の普及は日本での発売前から話題になっており,国内での電子書籍の普及にも期待が寄せられていたことを考えると,この年を「元年」と称してもよいかもしれません。
矢野経済研究所の調査によれば2010年度の国内の電子書籍市場規模は前年度比6.3%増の670億円。電子書籍が脚光を浴び始めた2002年度が10億円であったことから見ると著しく拡大しているといえます。しかし従来の紙の出版市場から見ればその比率は5%に満たず,その内訳も約90%が携帯電話向けのコンテンツ(※13),しかもほぼコミックが占めているという状況で,いわゆる「電子書籍」としての実質は伴っていないことが伺い知れます。
これに加え,電子書籍普及の基盤となるべきインフラ(※14)の面でも安定しているとは言い難い状況がみられます。電子書籍を構成するフォーマット,読むための端末,提供するサービス,販売する書店,業界団体,いずれも多数存在しており,消費者はほしい電子書籍がどこで買えるのか,どの端末で読めるのか,そもそも読みたいと思う本の電子版が存在するのかどうかに至るまで非常にわかりにくい状況です。
紙の本であれば,どの出版社の本でもどのジャンルの本でも,単純に大規模書店やネットショップなどで購入することができますが,電子書籍はまず電子化されているかどうかという時点で明確に購入の可否が分かれ,電子化されているとしても持っている端末,利用しているサービス等によって購入できるコンテンツが異なるなど,購入する時点での制限が非常に大きいということが,大幅な普及につながらない要因のひとつであると考えられます。
このように,これまでのところ国内における電子書籍の置かれている状況は諸勢力の乱立する混乱期であったといえますが,2011年以降この状況を打開し大きな進展につながる可能性を秘めた動きが出てきました。
ひとつは2011年に立ち上がった経済産業省による「コンテンツ緊急電子化事業」です。
これは東日本大震災の後,被災地域において東北関連書籍をはじめとする書籍電子化作業の一部を実施し,かつその費用の一部を負担することによって電子書籍市場そのものの活性化につなげることを目的とする事業となっています。
もう一つは2012年4月2日に発足した「出版デジタル機構」です。これは講談社,集英社などの出版各社が連携して書籍のデジタル化を支援する会社であり,6月19日時点での賛同出版社は334社となっています。その目的としては現在25万点とされる日本語の電子書籍コンテンツを5年後を目途に100万点に増加することを掲げており,官民ファンドの産業革新機構が総額150億円を出資することから,国としても国内の電子書籍市場の拡大に向けて期待を寄せていることが伺えます。
さらには2012年4月17日に発表された米国アマゾンによる電子書籍サービス「キンドル」日本版の配信決定が挙げられます。サービスの開始時期についてはいまのところ「年内に発表する」としか情報はありませんが,同社との配信契約は大手から小規模まで40社以上の国内出版社が合意しており,米国電子書籍市場で高い実績を持つ同社の参入は国内の電子書籍市場の拡大の起爆剤になる可能性を秘めています。
(※13) | コンテンツ=内容,中身という意味の英単語。インターネットやテレビなどの情報サービスにおいて提供される映像・画像・音楽・文章・ゲームソフトなどの個々の情報,またはそれらの組み合わせ。 |
(※14) | インフラ=「インフラストラクチャー」の略。一般的には上下水道や道路などの社会基盤のこと。ICTの世界では,何らかのシステムや事業を有効に機能させるために基盤として必要となる設備や制度などを指す。 |
(2)公立図書館での導入事例
現時点では普及の度合いは高いとは言えませんが,公立図書館で電子書籍を導入してサービスを提供している事例もいくつかあります。2007年11月の千代田区立図書館が最初で,その後2011年1月に堺市立図書館,3月に山口県萩図書館,11月に有田川町立図書館(和歌山県有田郡),2012年1月に大阪市立図書館と続きますが,数としてはまだまだ限られています。サービス内容としてはいずれの館でも同様で,紙の書籍に準じて制限冊数内の電子書籍を1週間から2週間の期限で貸し出す形をとっており,手続きをWeb上で行う点のみが異なるだけとなっています。
ただ最も重要なコンテンツについては,千代田区の5,200点が最大でその他はおよそ1,000点前後にとどまっており,いずれの館のサービスで検索してもごく限られた出版社の書籍か,著作権フリーの書籍が大部分で,数の面でも内容の面でも利用者にとってはあまり魅力ある内容とは言い難いという印象を受けました。閲覧方法としてはタイトルごとに異なりますが,パソコン対応が一番多く,その他iPad対応,Android端末(※15)対応も多少存在するといった状況です。
千代田,堺,萩,有田川町の4館については,Web上の画面構成,操作手順などから同じシステムを導入していると思われ,図書館における電子書籍提供サービスとしてシステムを構築するための選択肢も少ないのではないかと推測されます。
(3)現状の課題
本年7月に入って楽天や凸版印刷が相次いで電子書籍端末の発売を発表するなど,電子書籍市場は活況を呈してきたように見えますが,現状ではいずれもスタート地点に立ったばかりであり,今後順調に発展していくかどうかについては予測がつきません。上記(1)および(2)で述べたように,国内の電子書籍についてはいまだコンテンツが不十分であることが最大の問題という点に大きな変化はなく,さらにそれらを利用するためのツールが多種多様存在しているためにその選択によって利用可能なコンテンツが制限されざるを得ないという点も同様に大きな問題として残っています。これらの点については図書館として対応できるレベルの問題ではないので,現時点では出版界の動静等も含めた国内での電子書籍市場の進展状況を注視することが必要であり,その方向性を見定めたうえで,では図書館としてどのようなサービス展開が可能か検討するという流れになるかと思われます。
また,公共図書館の場合は老若男女幅広い層の利用者がいるため,要望も多岐にわたることが予想されますが,そうした利用者が電子書籍に関して図書館にどのようなサービスを求めているかを調査し,どこまで対応できるかについて十分に検討しておくことも必要です。
(※15) | Android端末=米国グーグル社が発表した,携帯電話でのソフトウェア実行環境Androidを搭載した多機能携帯端末の通称。スマートフォンのほか,タブレット型端末や小型ノートパソコンもこれに含まれる。 |
5. ICT化の課題
(1)図書館のICT化とは
図書館のICT化(電子化)にはふたつの側面があります。ひとつは運用面の電子化です。目録の電子化(データベース化),処理の電子化(図書館システムの導入),インターネット環境の活用(ホームページでの情報提供,メールでの相互連絡等)といったものですが,これらについては現在ではどこの図書館でもおおよそ対応が済んでいます。ただし,このICTについては進歩の度合いが著しく内容も多岐にわたっているので,それらを図書館として適切に取り入れ利用者にサービスとして提供していくためには,巷間よく言われる「ヒト・モノ・カネ」のいずれの面でも課題が多いといえます。いまひとつはコンテンツの電子化です。電子書籍をはじめとして,オンライン・データベース,デジタル・アーカイブ(※16)など様々な形態が考えられますが,いずれも現状ではまだ十分に導入が進んでいるとはいえません。電子書籍の現状から見ても今後の経過を注視すべき部分であり,利用者からの要望をよく考慮しつつ,図書館においてどのようにコンテンツの電子化に取り組んでいくかは大きな課題となります。そしてこのコンテンツと運用,両者の電子化がうまくかみ合い,効果的な連動が可能になってはじめて本格的な「電子図書館」の実現といえます。
(2)対応(課題)
今後図書館の対応としては,まずコンテンツの電子化をいかに進めていくかという課題があります。電子書籍については前項で述べたとおり今後の進展の状況を注視すべき段階であり,喫緊に導入を検討する必要はないと考えられますが,その他に図書館としてどのような電子化資料を提供すべきかといえば,まずは学習,研究のためのツールとしてのオンライン・データベースが考えられます。新聞,雑誌をはじめとしてあらゆるジャンルにおいて多種多様なタイトルが存在しますが,これらを利用するためにはインターネット環境などのインフラを整備する必要もあり,価格的にも安価なものとは言えないものが多いので,その選定には利用者の要望等も含め慎重な検討が必要です。また,図書館や市で所蔵している独自資料,地域資料なども電子資料としての公開が望ましいものと考えられます。そうした貴重な資料についてデジタル画像化してアーカイブとして提供するということは大いに意義があります。しかし,このようなコンテンツの電子化については課題も少なくありません。まずそれらを提供するためのインフラ整備が必要です。インターネット環境の整備,パソコン等のハードウェアの完備,閲覧のための物理的スペースの完備などが挙げられます。これらは各館の状況によってできることできないことの差があるとは考えられますが,将来的には実現すべき必須項目です。
次に,そうしたインフラを基盤にした電子化資料をどのように提供し,管理するかといった運用面での課題です。館内のインターネット環境を不特定多数の利用者が使用することを考えれば,セキュリティの問題はおろそかにするわけにはいきませんし,そうした環境を日々メンテナンスし,正常な状態を維持していく体制も必要です。また,子どもたちのインターネット利用に関しては,利用者の権利に十分配慮しつつ,フィルタリング(※17)を含め,有害サイト等に対する何らかの対応を検討する必要もあると考えられます。
さらに,概してICT関係にかかる費用は高額な場合が多く,限られた図書館予算の中でどのように配分していくかは非常に慎重な検討が必要になります。従来の紙資料と電子資料とにかかわらず,図書館の生命はコンテンツであるといっても過言ではありませんが,コンテンツ自体にかかる費用とそれを支えるインフラ整備にかかる費用,さらにはそれらを運用するスタッフにかかる人件費までそれぞれに必要な経費であるだけに,その配分は極めて重要です。
そして,適切な人材の育成と維持は最大の課題です。紙資料が中心であった時代には図書館スタッフとしては司書資格を有する人材であれば充分だったかもしれません。しかし現在ではそうしたいわゆる司書的素養だけでなくICTについての知識も必須となっています。これを併せ持つ人材が望ましいのですが,現実にはそのような人材を確保することは容易ではありません。したがって,それぞれの知識を有する人材を組み合わせて全体のスタッフを構成し,相互に補完し合うという体制を構築するという方法が現実的な対応といえるでしょう。
いずれにせよ,ヒト・モノ・カネすべてにおいて対応が必要なことは間違いありませんが,モノ・カネを動かすのはヒトであり,この「ヒト」が充実しているかどうかによって提供するサービスも大きく変わってくるのは当然です。やはり図書館を運営するスタッフをいかに育成し維持していくかという点が最大の課題です。
(※16) | デジタル・アーカイブ=博物館,美術館,公文書館などの所蔵資料を電子化して保存・公開するシステム。絵画,彫刻,文書,写真,映像などを対象とし,インターネットを通じて資料目録の検索やデジタル画像の閲覧などが可能となる。 |
(※17) | フィルタリング=選別,濾過などの意味を持つ英単語。ICTの分野では,一定の条件に基づいてデータなどを選別・排除する仕組みのことを指す。(インターネットで未成年にふさわしくない有害な内容のWebサイトにアクセス制限することなど。) |
6. 提言
図書館のICT化への一層の取り組みは,図書館の運営・サービスの向上において必要不可欠です。すでに,2008年の図書館運営協議会の答申「市民サービスの向上を図るための図書館のあり方について」における「インターネットによる情報提供」等の提言を受け,図書館側もICT化に取り組んできています。
市民サービスの更なる向上を図るために,ICT化への対応における今後に向けての施策を以下のとおり提言します。
[1] | ICタグの貼付の全館対応とICタグを活用したサービスの実現 ICタグの貼付については,既に導入が進められていますが,蔵書点検や蔵書配送の効率化のためには早急に全館の蔵書に導入すべきです。さらに,利用者の利便性の向上のため,自動貸出機とブック・ディテクション・システムの導入や予約本コーナーの設置を進める必要があります。また,ICタグの活用による新たなサービス展開の検討も必要です。 |
[2] | 図書館内におけるインターネット環境の充実 データベースの閲覧用やインターネット用のパソコンの台数を増や必要があります。現状の各館の台数では足りないと考えます。また,デジタルデバイドの対応策として,利用者の支援やサポート体制の充実が必要です。 |
[3] | ホームページによる情報発信の充実 図書館は市民の来館を待つだけではなく,積極的に情報発信し,来館しなくても図書館サービスが受けられる非来館型の仕組みづくりを進めるべきです。図書館に行きたくても,様々な事情により行けない市民も多いかと考えます。Web予約,Webレファレンスやパスファインダー(※18),さらには地域情報の提供等,ホームページを充実することにより,市民の生活に役立つ情報へのポータル(入口)としての機能強化を図る必要があります。 また,図書館の広報活動・発信活動としてメールマガジンの発行やSNS(※19)の活用も積極的に検討する必要があります。 |
[4] | 地域資料等のデジタル・アーカイブ化とその活用 デジタル化により市や図書館が所蔵している貴重な資料の劣化に対応することができます。すでに地域資料のデジタル化に取り組んでいる市の「ふるさと文化財課」との連携を検討することにより,地域資料のパソコンでの閲覧が可能となり,また,市内小中学校及び高校の社会科等の授業にも活かすこともできます。 |
[5] | 障がい者サービスの向上 2009年よりデジタル録音図書DAISYの購入に取り組んでいますが,併せて既存のカセットテープによる「声の図書」を順次,デジタル録音図書DAISYへ移行することが必要であります。また,上記のホームページの充実に合わせ,障がい者サービス専用ページの作成も検討する必要があります。 |
[6] | 電子書籍への中長期的対応の検討 電子書籍は,一部の公立図書館で取り組みを始めていますが,課題も多く,国分寺市が急ぎ導入する必要はないと考えます。仮に導入した場合,電子書籍の保管や配信等の機能を合わせたシステムの導入も必要となり,その投資費用は高額であることは間違いありません。先ずやるべきことは,電子書籍に対する市民のニーズを把握することではないかと考えます。そのニーズや,先行している他の図書館の状況や出版社等の動向の情報収集をしながら,国分寺市に合う電子書籍の対応策を今後検討していくべきです。 |
(※18) | パスファインダー=あるテーマに関する資料や情報を探すための手順を簡単にまとめたもの。 |
(※19) | SNS=Social Networking Service(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)。人と人とのつながりを促進・サポートする,コミュニティ型のWebサイト。友人・知人間のコミュニケーションを円滑にする手段や場を提供したりする会員制のサービスこと。 |
附1. 委員名簿
氏名 | 住所 | 略歴等 | 備考 | |
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国分寺市 | 市民公募委員 | 第7条4項(1) | 新任 |
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国分寺市 | 市民公募委員 | 第7条4項(1) | 再任 |
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国分寺市 | 市民公募委員 | 第7条4項(1) | 新任 |
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国分寺市 | 市民公募委員 | 第7条4項(1) | 新任 |
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国分寺市 | 市民公募委員 | 第7条4項(1) | 再任 |
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八王子市 | 元日野市立中央図書館館長 | 第7条4項(2) | 再任 |
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品川区 | 東京経済大学図書館図書課長 | 第7条4項(2) | 新任 |
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小平市 | 東京学芸大学教授 | 第7条4項(2) | 再任 |
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国分寺市 | 国分寺障害者団体連絡協議会 | 第7条4項(3) | 再任 |
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国分寺市 | 国分寺市立小・中学校PTA連合会 | 第7条4項(4) | 新任 |
※ 国分寺市立図書館条例
附2. 審議経過
2011年 | 2月24日 | 諮問「IT技術の進展をふまえた国分寺市立図書館のサービスのあり方について」 |
3月24日 | 第2回図書館運営協議会 武蔵野市立中央図書館見学 |
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8月4日 | 第4回図書館運営協議会 学習会「大学図書館のIT化の現状について」(講師 関達朗委員) |
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2012年 | 2月 9日 | 第7回図書館運営協議会 小委員会の設置 |
2月22日 | 第1回小委員会 答申骨子案の検討 |
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3月16日 | 第2回小委員会 答申骨子案の検討 |
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4月26日 | 第3回小委員会 答申骨子案の検討 |
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5月10日 | 第8回図書館運営協議会 答申案の検討 |
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6月21日 | 第4回小委員会 答申案原案の検討 |
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7月12日 | 第9回図書館運営協議会 答申案の検討 |
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8月30日 | 第5回小委員会 答申案原案の検討 |
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10月11日 | 第10回図書館運営協議会 答申文の決定 |